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2020年12月16日
お歳暮が欲しすぎるから後輩に頼んで贈ってもらう
お歳暮の一つももらえるようになったら一人前という感じがする。
古い考えだろうか? 年々、お歳暮やお中元の習慣は薄れているとも聞く。
しかし、それでも憧れてしまうのだ。三越や伊勢丹の包み紙に。ちょっといいハムやカルピスの詰め合わせに。
どうしてもお歳暮が欲しい。
だが、待っているだけでは届かない。
そこで会社の人に頼んだ。「おれにお歳暮を贈ってくれないか」と。
お歳暮を自作自演する
恥知らずなのは自覚している。お歳暮は誰かに頼んで贈ってもらうようなものではない。そんなに欲しいなら、お歳暮をもらえるような立派な人間になればいいのだ。
……いや、違う! べつに僕は「立派な人間」になりたいわけじゃない。単にお歳暮が欲しいのである。
ああ欲しい。お歳暮が欲しい。誰かくれよ。
別に慕ってくれてなくてもいいし、なんならお金もわたすから。
やってきたのは、百貨店の日本橋三越本店。ギフトといえば三越、三越といえばギフト。当然、お中元やお歳暮にも相当に力を入れている。
小野くんは僕が経営する会社の社員。とはいっても社長と社員、上司と部下のような固い感じの関係ではなく、僕にとっては「かわいい後輩ライター」といったところだ。
なお、小野くんが僕のことを「かっこいい先輩ライター」と思っているどうかは知らない。たぶん思ってないんだろうな。だから、お歳暮の一つも贈ってこないんだろう。
普段は小野くんに対し、なるべくやわらかく接することを心がけている。しかし、今回は社長の強権を発動し、「お歳暮を贈りたまえ!」と圧をかけた。
小野くんの立場になれば気の毒な話だが、お金はこっちが払うし、この撮影も会社の業務時間内に行っているからギリギリパワハラではない。むしろ仕事の一環として、小野くんには真剣に取り組んでもらいたい。
古口さんは株式会社三越伊勢丹のギフト担当として、お歳暮・お中元の企画や商品設計などを担っている。いわば、贈り物のスペシャリストである。
小野くんがいいお歳暮を選べるように、まずは古口さんに色々聞いてみよう。
お歳暮の喜びを知らない世代が増えている
20年くらい社会人をやってきましたが、お歳暮をもらえたことがありません。お歳暮って、じつは都市伝説なんじゃないでしょうか?
いえいえ。今も多くのお客様が、お歳暮をお買いに来られますよ。とはいえ、昔に比べて習慣が薄れつつあるのは事実です。多くの企業が取引先などからお歳暮を受け取ることを禁止にしているのも、理由の一つですね。
お歳暮は本来、お世話になった相手などに「気持ち」として贈るものです。例えば、社会人になった時に大学の教授に贈るとか、結婚をした時に仲人の方に贈るといったケースが多いですね。特に相手は限定されておらず、友人や親戚に毎年お贈りしているというお客様もいらっしゃいます。
やはり大学時代の恩師である教授。入社すぐの頃にお世話になり、今は退職された元上司。あとは義理の兄などですね。教授にはビールを贈りました。というのも、僕が学生の頃、ゼミのあとに教授の部屋でよく飲んでいたんです。
その時、教授が冷蔵庫からビールを出してきて「これは君たちの先輩が贈ってくれたビールだから、君たちも就職したら贈るんだぞ」と言われました。だから恩返しじゃないですけど、自分も後輩たちに飲んでもらえるようにお歳暮として贈ろうと思ったんですよ。
教授だけでなく、その先にいる後輩たちを喜ばせたいという気持ちもあるわけですね。
そうですね。贈る相手の顔を思い浮かべ、それを誰と味わうのか想像するのも商品を選ぶ際の楽しみの一つです。義理の兄に贈る時も、兄の子供達にも喜んでもらえそうな商品を選びました。
確かに、僕も子供の頃は父宛にお歳暮が届いていましたが、ワクワクしながら包み紙を開けた記憶があります。
そう、開けてカルピスやゴーフルだった時の嬉しさって、大人になってからも忘れられないと思うんです。
百貨店としては、子供たちにそういうワクワクを体験してもらうことも大事だと考えています。今の20代や30代のなかには、子供の頃に自宅にお歳暮が届いた経験がない方も多いようです。そこで、お歳暮が届く喜び、開ける楽しみを少しでも体感してもらうため、三越と伊勢丹ではYouTubeに「お歳暮開封してみた!」という動画をアップしています。
三越の「開けてみた動画」だけで33本もある! こうして見ると、やっぱりお歳暮って楽しいですね。
百貨店のお歳暮は何がスゴイのか?
今はインターネットでもお歳暮を買えますが、あえて百貨店に足を運んで買う良さってありますか?
やはり実際の商品を見て選べることじゃないでしょうか。日本橋三越本店では毎年11月初旬〜12月下旬まで、本館7階に「お歳暮ギフトセンター」を開設しています(2020年は12月24日まで)。
ここで、どんな商品があるのか、開封した時にどんなふうに見えるのかをチェックすることができますし、例年ですと試食していただくこともできます(2020年は新型コロナウイルスの感染防止のため、試食は中止)。
あとは、やはり何を贈ればいいか悩んでしまうので相談をしたいというお客様が多いですね。その際は専門の販売員が対応し、お話を伺った上でおすすめの品を提案しております。
そう、迷いますよね。さっきお歳暮の棚を見ましたけど、全部ほしいと思いました。
でも、あれでもほんの一部なんですよ。商品数は2000点ほど用意していますから。店頭に並んでいない品については、カタログをお見せしながらご紹介しています。
そうですね(笑)。ですから、お贈りするお相手の好みや家族構成などを伺い、どんなものが喜ばれそうか考えていきます。あとは、毎年変わるテーマに合わせた注力商品や、三越でしか買えない限定商品もありますので、そういったものをご提案するような形ですね。
今年は、やはり新型コロナウイルスの感染拡大で旅行や帰省ができない方が多かったということで、全国各地の美味しい食べ物に力を入れています。
「美味めぐり」と題し、「北海道のスモークサーモン」や「高知の藁焼き鰹のたたき」、「京都の生ゆば詰合せ」、「福岡の辛子明太子」など、幅広く取り揃えました。旅行できない代わりに、ご当地の美味しいものを自宅で楽しんでいただきたいと思います。
他にも、全国の素材を使った限定のお菓子やお惣菜、あるいは国立博物館や東京国立近代美術館とコラボレーションしたギフトなどもあります。浮世絵ラベルのビール、美しい木版画がパッケージや缶にプリントされたお菓子などですね。これも三越と伊勢丹でしか買えません。
あとは、「ザ・スペシャル・コレクション」と題した、高価格帯のラインナップもあります。今年の目玉は、フランスの修道院が作っている限定288本のワイン。これを三越がオークションで落札し、1本2万2000円で販売しています。海外のネット販売ではその何倍もしますが、私たちは樽で押さえているので定価で出せるんです。
これは特別感ありますね。ただ、そうは言っても2万2000円はちょっと予算オーバーかな……(なぜなら自分が払うから)。
3000円台でも、いい商品はたくさんありますよ。ちなみに、三越では3000円、5000円、1万円あたりのラインナップが多いです。ご予算を伺った上で、おすすめを提案することも可能ですのでお申し付けください。
小野くん、お歳暮を選ぶ
さて、ここからはいよいよ小野くんにお歳暮を選んでもらう。果たして彼は、尊敬する上司に何を贈るのだろうか?
小野くんが何を選ぶのか気になってつい背後をとってしまったが、開けるまで中身が分からないほうが絶対に楽しい。それがお歳暮の醍醐味というものだろう。
というわけで、僕はいったんその場を離れ、あとは小野くんに任せることにした。
会社の上司、というか社長にお歳暮を贈りたいんですけど、何を選べばいいでしょうか?
……うーん、なんだろうな……。甘いものは好きな気がします。会社の机でよくお菓子食べてるので。
であれば、地域の素材を取り入れたタルトやチョコレート、食べられるお花を使ったお菓子なんかもありますよ。あとは、フランスの栄誉あるルレ・デセール会員に認定された名パティシエ・大塚良成さんに監修していただいた焼き菓子の詰合せもおすすめです。濃厚なバターの味わいがして、とても美味しいですよ。
自分じゃなかなか買わないものとかもいいですよね。高級な桃のジュースとか。
いいと思います。長野県産の黄金桃を使ったストレートジュースは、桃をそのまますり潰したような贅沢な味わいです。味も香りも抜群ですよ。
いいなあ。自分が欲しい。あとは、記念になるようなものもいいかも。食べ終わった後も、空き缶を記念として残しておきたくなるような商品とか。
それでしたら、先ほどお話しした美術館や博物館とのコラボ商品がいいかと思います。缶にプリントされた絵は学芸員さんが監修し、色味なども忠実に再現されているので美術好きの方にも喜ばれると思いますよ。
もしくは、インパクト重視で選ぶ手もあります。例えば、新巻鮭とか。一匹丸ごとなので、届いた時の迫力はすごいですよ。冷凍で届き、食べやすくカットされているので料理にも使いやすいですしね。
あとはお肉でしたら、少しお値段は張りますが神戸牛なんかも。三越伊勢丹は百貨店で唯一、市場のセリ権を持っているので、牛を一頭まるごと押さえられるんです。そのため、肉質のいいところをお値打ち価格でご紹介できますよ。
ヘー。確かに、神戸牛が届いたらめちゃくちゃテンション上がりそうですね。うーん、迷う……。でも、インパクト重視でいこうかな。よし、決めました!
基本的にはどんなものでも喜んでいただけると思います。でも、せっかくなら相手の楽しそうな顔を思い浮かべながら選んだほうが、より素敵な贈り物になるんじゃないでしょうか。
謎の爆笑で、録音は終わっていた。思い浮かべた顔が、そんなにおもしろかったのだろうか?
ともあれ、贈る品は決まったようだ。
というわけで、人生で初めて(自分宛の)お歳暮をもらえることが確定した。自作自演とはいえ、とても嬉しいしワクワクしている。
あとは、届くのを待つのみである。
ついに我が家へお歳暮が!
あれから数日後。それはやってきた。
うちの台所では見たことのない、ものすごい大物だ。
小野くん、ドえらいの選んだな。
……と思ったが違った。これはお歳暮とかではなく、妻が普通に食べたくて取り寄せた寒ブリだった。このあと捌いて、美味しくいただいた。
えらくインパクトのある品が先に届いてしまったことで、変にハードルが上がってしまった。果たして、お歳暮はブリの衝撃を超えられるのだろうか?
そして、再び待つこと数日。
すごい! お歳暮が届いた!
いや、そりゃ届くだろという感じなのだが、実際に三越の包みを手にすると、やはり嬉しいし誇らしい気持ちになる。
母ちゃん、おれはお歳暮もらえる人間になりましたよ……。後輩からめちゃくちゃ敬われていますよ……。
偽りの尊敬に気を良くしつつ、さっそく開けてみる。
ん? 貝? なんか、でけえ!
え? アワビ? まじ? すげえ!
その時の心境をストレートに文字にしたら原始人みたいな語彙になってしまった。アワビ、うまい。おれ、超、うれしい!
カタログで確認したところ、信玄食品の「樽仕込あわび」という商品らしい。説明書きにはこうある。
“かつて駿河の鮑を醤油樽で甲州に運ぶ間に完成したといわれる鮑の醤油漬。歴史ある製法に着想を得て、国産蝦夷鮑を特製たれで樽漬けしました”
なんだか、とてもうまそうだ。この説明だけで白飯4〜5杯はいける。
正直、小野くんは「無難に喜ばれそうなもの」を選ぶだろうなと思っていた。
まさか、こうくるとは。インパクトもあるし、意外性もある。何より、僕は貝が大好きなのだ。
翌日、小野くんになぜこれを選んだのか聞いてみた。
「最初は甘いものにしようと思いました。でも、初めてのお歳暮ということだったので、強く印象に残るものにしたいなと。冷凍で届くので正月に家族で楽しんでもらうこともできるし、アワビは縁起物ということなので新年にぴったりかなと思って。貝が苦手かもしれないという可能性も考えましたが、そこは賭けでした」
べつに好みを考慮して選んだわけではなく、イチかバチかだったらしい。お歳暮で賭けを打つ大胆さ、嫌いじゃないよ。
送り主とお歳暮を味わう
なお、箱の中にアワビは3つ入っていた。2つは小野くんの提案通り正月に夫婦でいただくとして、残り1つをどうするか。
……そんなの決まってる。
小野くんと一緒に食べるのだ。
いただきます!
お歳暮とか関係なく、こんなにうまいアワビは初めて食べた。味も香りも抜群にいい。磯の香りがしっかりと感じられる。豊かな磯くささだ。身はしっとりやわらかく、キモも苦味にカドがなく食べやすい。
小野くんも笑顔だ。小野くんは3年に1回しか笑わないので、それだけうまかったということなのだろう。(嘘です。本当は朗らかな青年です)
ということで、初めてのお歳暮体験は大成功に終わった。 嘘のお歳暮でもこれだけ嬉しいのだから、本物の、正真正銘のお歳暮が届いたら感激で泣いてしまうかもしれない。
なので、だれか〜、お歳暮くれー。