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2020年11月30日
高級なマスクメロンは何がスゴイのか?
高級な果物の代表格といえば、マスクメロンだろう。なかには、ゆうに1万円を超えるものもある。しかし、日常でお目にかかることはまずない。いつもの食卓に突然マスクメロンが出てきたら、そのあと妻から怖い告白をされそうでちゃんと味わえない。
つまり、僕はマスクメロンについて何も知らない。何となく「すごそう」というイメージはあるが、それは単に値段に平伏しているだけなのかもしれない。
1万円のメロンは「何」がすごいのだろうか? 最高のマスクメロンを扱う果物専門店で、その正体に迫ってみたい。そして、実際に購入して食べてみようと思う。
なぜマスクメロンは“高級”なのか?
向かったのは「新宿高野本店」だ。明治18年創業の果物専門店。贈答用の果物なら、新宿高野を選んでおけば間違いない。
と、わかったようなことを書いているが初訪問である。緊張しながら入店した。
今日はマスクメロンを買いにきました。ただ、できればそのすごさを分かった上で食べたいので、いろいろ教えてください。
わかりました。ただ、その前に一つ。日本は世界一おいしい果物を作る“果物王国”だってご存知ですか?
海外からの評価が高いことは知っていますが、世界一とまでは認識していませんでした。なぜ日本は果物王国になれたのでしょうか?
理由は主に2つあります。まずは日本の四季ですね。暑い・寒いだけでなく、少しずつ変化していく日本の気候が、微妙な温度差に敏感な果物を作るのに最適なんです。
そして、もう一つが高い生産技術です。日本の生産者は職人気質で、丁寧に丁寧に作らないと気が済まない人が多い。欧米のように広い土地とトラクターで大量生産するのではなく、一つひとつの果実を手作りしています。マスクメロンなんてまさにそうで、懇切丁寧に手をかけないとできない果物なんです。
まず、マスクメロンはガラス張りの無菌室で、完璧なコンディションを整えた状態でないと作れません。その上で、種まきから剪定、受粉など、細かい工程がいくつもあり、約120日かけて作られるんです。
なかでも農家さんが最も大変だとおっしゃるのは、毎日の水やりです。マスクメロンは非常に繊細で、成長過程でひび割れなどが起きると、もうアウト。温度や湿度などにより水の加減を変えてあげないと、割れたり病気になったりしてしまうんです。
機械で自動的に水をまいたりできないんだ……。毎日ちゃんと観察して、面倒をみてやらないといけないと。
そうです。1日サボると、ちゃんとしたものはできません。ですから、マスクメロン農家の方は全く休みがとれず、旅行にも行ったことがないそうです。ただ、そこは一つ1万円以上で売るものを作っているからこそ、それだけのプライドをもってお仕事に向き合っていらっしゃるのだと思います。
「一木一果」の選ばれしエリートメロン
マスクメロンっていろんな県で作られていると思うんですけど、産地によって違いはあるんでしょうか?
新宿高野では、静岡県の「クラウン組合」という組合に所属する生産者が作るマスクメロンが最高峰だと考えています。実際にクラウン組合のものしか、取り扱っていません。技術もさることながら、“種”から厳しく選定・管理するという徹底ぶり。ちなみに、クラウン組合の種は門外不出で、他では使えないようになっています。保存庫には厳重に鍵がかけられていますよ。
すごい! でも、1万円超のマスクメロンの種だから、そりゃそうか。
さらに、「一木一果(いちぼくいっか)」といって、1つの苗木に1個の果実だけを残して栽培する方法をとっています。全ての栄養分を1玉に集中させることで、最高級のマスクメロンを作っているんです。
そうなんですよ。ちなみに、収穫後も「富士」「山」「白」「雪」という4つの等級に分けられます。さらに、市場でセリが行われ、そこで選ばれたものが専門店に並ぶ。ここにあるマスクメロンは本当に大変な思いをして辿りついた精鋭ばかりなんです。
マスクメロンは一年中いつでも美味しい
すでにすごさは存分に理解しましたが、やっぱり気になるのは味です。他の品種と、何がどう違うんでしょうか?
特に大きな違いは、「香りの高さ」「果肉の緻密さ・なめらかさ」「甘みの上品さ」です。それなりに高級なメロンでも、マスクメロンと食べ比べるとその差が顕著にわかると思います。
いますぐ食べたくなりました。でも、メロンの旬って5月と6月ですよね。もう旬は過ぎてしまいましたかね?(※取材は7月下旬)
一般的なメロンの旬は初夏ですが、マスクメロンはガラス室で作られているため年間いつでも食べられます。ガラス室のなかで夏はクーラー、冬はストーブで、本当に過保護に作っているんです。時期を問わず最高においしい品種ってマスクメロンくらいで、他にはなかなかないんですよ。
はい。基本は季節ものなので、その時に食べておかないとなくなってしまいます。余談ですが、果物の旬って面白いんですよ。同じ果物でも、品種によって旬の時期がかなり細かく分かれているんです。特に桃やさくらんぼって、1週間単位で旬の品種が変わっていきます。
ですから、例えば「さくらんぼの紅秀峰だったら今年は6月の3週目あたりが旬なんだな」という具合に、最も美味しい時期を気にして買うのがいいと思います。日本の果物は、旬に食べると本当に絶品なので。
旬の果物をピンポイントで味わいたいならフルーツパーラーに行くのもオススメです。その時々の最も美味しい果物を、パフェにして提供していますので。新宿高野の「タカノフルーツパーラー(本店5階)」では、品種ごとの旬だけでなく “個体ごとの食べごろ”まで見極め、さらには最適なカット方法 で作っています。
食べてきました。期間限定の「岡山県産の桃のパフェ」、濃厚かつみずみずしくて、心底ふるえる美味しさでした。次はほかの旬の果物も試してみたくなりますね。
おかえりなさい。旬の果物だけでなく、 誕生したばかりの注目の品種 を期間限定で取り入れることもありますよ。果物の研究は国内各地で行われていて、新しい品種が次々と生まれています。その美味しさを知っていただくため、まずはパフェで味わっていただくことにしているんです。
これからメジャーになるかもしれない品種を、先取りして味わえると。青田買いみたいで楽しいですね。
例えば、今年の7月に全国デビューした青森県のさくらんぼ 「ジュノハート」 も、じつは昨年から試験的にパフェで提供していました。また、今年は長野の 「ハーコット」というあんずも期間限定で出しましたよ。 希少性の高い“生のあんず”なので、他ではなかなか味わえないと思います。たまにお店を覗いていただくと、こうした珍しいものに出合えるかもしれません。
お話を聞いていると、なんというか果物ってすごく「楽しい」ですね。
マスクメロンを最高に美味しく味わう方法
話はマスクメロンに戻りますが、美味しい食べ方ってありますか? 気をつけるべきポイントとか。
まず大切なのは完熟、つまり「食べごろ」をきちんと見極めることですね。いくら高級なマスクメロンでも タイミングを間違えると美味しさが半減してしまいます。新宿高野では、ご購入いただいたマスクメロンの食べごろをカードに書いてお渡ししていますので、ぜひ最適なタイミングで味わっていただきたいです。
親切……。さすが専門店! ちなみに、食べごろってどう見極めるんですか? 勘ですか?
メロンを軽く指で弾くと、「金属音」に近いところから「熟してやわらかくなった音」まで、いくつか音の段階があるんです。それを聞いて、何日後が食べごろかを見極めています。
生産者もプロなら、売るほうもプロフェッショナルですね。さすが専門店! 食べごろになるまでは冷蔵庫に入れておけばいいですか?
ダメです! 冷蔵庫には入れないでください。直射日光が当たらない部屋で常温保管して、食べごろを迎えたら冷蔵庫で冷やすのがベストです。完熟する前に冷蔵庫に入れてしまうと、マスクメロンが「風邪をひいた」ような状態になり、うまく熟してくれないんですよ。カットも、食べる直前にしてください。未熟なうちに切ってしまうと、最高に美味しい状態にはなりません。
(まさに切ってから冷蔵しようと思っていたので)聞いておいてよかった……。では、マスクメロンを切る時の注意点はありますか?
まずはヘタを落としてから、縦に二等分します。この時、ギコギコ切ってしまうと切り口がズタズタになって、なめらかさが損なわれます。ストーンと一気に包丁を降ろしてください。
二等分すると真ん中に種があるんですが、そこにすごく甘い果汁が集まっています。捨てずにボウルなどに移しておくといいですよ。それを茶こしでこすと、濃厚な果汁ソースになります。バニラアイスなどにかけて食べると美味しいんです。
親切にご教示いただき有り難うございました! マスクメロンのすごさ、完全に理解できましたし、食べる楽しみが倍増しました。
1万2960円のマスクメロンを食べる
いよいよ人生最高額のメロンを食べる。
丸ごと絞って1万2960円のメロンジュースにしたら贅沢でおもしろいかなとも考えたが、ウケより普通に美味しく味わいたい気持ちが勝った。ここは素直に、久保さんに教わった手順通りにいただきたい。
半分に切っても6480円。この半玉にビジネスホテル1泊分くらいの価値がある。
このままスプーンですくって食べたら豪気だろうなと思う。ビジホでチェックイン直後に寝てしまうようなものだ。(ホテルに泊まると、値段分の元をとろうと限界まで寝ずに我慢しますよね)
マスクメロンのエキスが濃縮されているという種の部分。すくうと確かにてろてろした、ものすごく甘そうな蜜がしたたる。そのままなめたい気持ちを堪えて、ボウルに移しておく。あとでアイスにかけて食べよう。
ただ、1人で食べるのも味気ない(味気なくてたまるか、というレベルのメロンだけど)。なので仲間を呼んでいる。
2人のように「わー楽しみ〜」という写真を撮ろうと思ったのだが、反射的にかぶりついていた。日常的にマスクメロンを買う高貴な人は、きっとこういう食べ方はしないだろう。しかし、このほうが蜜をダイレクトに味わえる。高貴じゃないけど幸福度は高い。
さて、肝心の感想。
「蜜がすごい濃厚」
「いやらしくない濃さというか。香りがいいからかな」
「冗談みたいなうまさですね」
「食べられるスポンジに甘い蜜を含ませたみたいな」
「スポンジ?」
「繊維質がすごいってことです。その繊維の一つひとつに果汁がたっぷり含まれている」
スポンジという適切ではない表現が出たのでフォローすると、それくらい繊維が果汁をたっぷり“吸っている”ということである。もちろんスポンジとは違い、その繊維は舌の上でなめらかにほぐれる。羽衣のように淡く、儚い口溶けだ。
1万円のハードルをしっかり超えてくる、納得のうまさである。ごちそうを食べた!という確かな満足感がある。
マスクメロンと「格」を合わせる必要があるだろうと思い、僕が知る最も高級なアイスを用意した。機嫌がいい時にしか買わないハーゲンダッツ。295円だが、数滴のメロン汁だけでもそれくらいしそうである。
こんなに笑顔弾ける斎藤さんは初めて見た。マスクメロン(の汁)おそるべし。
感想。
「上品……」
「うん、上品。だけど存在感がある」
「でも、グイグイ前に出る感じじゃなくて、しっかり調和してますよ」
「確かにメロンメロンはしていない」
「バニラの香りと混ざると、全く別の不思議な風味になりますね」
「とんでもなく上品なカラメルという感じがします」
たった数滴たらしただけで、ハーゲンダッツのうまさが何倍にも増幅されている。すごい汁だ。人生の最後に飲みたい汁ナンバーワンかもしれない。これだけ1瓶1000円くらいで売ってくれないだろうか。
高級なメロンはすごい!
というわけで、高級なマスクメロンは確かにすごかった。
専門店でマスクメロンについてじっくり教えてもらった手前、「まあこんなもんかなー」くらいの味だったら気まずいなと思っていたが、全くの杞憂だった。少なくとも値段分の感動は十分に得られた。
また食べたい、と気軽に言える値段ではないので、次は何か偉業を成し遂げた時にしようと思う。
今回の「やりたいこと」にかかった金額
マスクメロン | 12960円 |
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12960円 |