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2019年12月26日

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友人の熱波師デビューを見守りたい

友人の熱波師デビューを見守りたい。

“熱波師”という言葉をご存じだろうか。サウナの中で熱した石に水をかけ蒸気をたてて、タオルを振り、入浴者に熱い風を送る人のことである。これはフィンランドで“ロウリュ”と呼ばれる入浴法なんだそうだ。

友人の熱波師デビューは神奈川県の「おふろの国」というスーパー銭湯で行われるという。僕はノコノコと出掛けていったのだった。

この記事を書いた人

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Editor/Writer/Illustrator

斎藤充博

MITSUHIRO SAITOU

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1982年生まれ。指圧師、マンガ家、編集などの仕事をしている。著書に『いやしのツボ手帳』(永岡書店)、『ツボストレッチ』(日本文芸社)などあり。つらいことがあるとすぐに寝てしまう。

ロウリュが好きすぎて熱波師デビュー

 

熱波師デビューする人は宮川はなこさん。都内の広告代理店でバリバリと営業の仕事をしている人だ。

 

 

宮川さんは、もともとサウナが大好き。ロウリュを受けるのも大好き。それで講習を受けて、仕事の休日に、熱波師としてデビューすることになったという。

 

 

タオルもないのにロウリュの練習をする宮川さん。熱心だな……。

 

 

しかし、よく考えるとおかしい。サウナが好きなら、単に通い続ければいいではないか。僕だって寿司は大好きだが、寿司職人になりたいとは思ったことはない。ましてや「軍艦巻きになってみたいな」なんて思ったことはない。何を言いたいかというと、サービスを提供する側に回る必要はないだろう、ということだ。熱波師ってそんなに魅力的なのだろうか。

 

 

そんなことを考えながら、今回の現場、神奈川県の「おふろの国」に到着した。

 

 

到着したはいいのだが、宮川さんの姿は見当たらないし、電話しても連絡がつかない。今回のおふろの国に対しての取材許可は、すべて宮川さんを通している。困ったな……。

 

自分で番台の人に一度説明をしてみようか。それで話が通じればいいのだけれども。そう思って番台の人に「すみません、取材でおうかがいした斎藤ですが……」と切り出してみる。

 

 

そしたらビックリ。番台にいたのは宮川さんだったのである。今日は夕方からおふろの国で受付や掃除など、いろいろな仕事をしているという。どおりで連絡がつかないわけだ。

 

もちろん話は通っているので、取材はOK。宮川さんは30分後にロウリュをやるという。僕はお風呂に入りながら、宮川さんの登場を待つことにした。

 

熱波師が登場する

 

 

やがてサウナに熱波師が登場した。今回デビューする宮川さんと、宮川さんの師匠にあたる井上さんである。

 

 

井上さんは客いじりをまじえた軽快なトークをしている。サウナの中のお客さんが一体となって、笑いが起きる。すごくいい空間だ。どうやら、こんな風にちょっとした話をするのも熱波師の仕事の一つなんだろう。

 

 

 

しかしこの話、もうしわけないのだが、明らかに長い。こちらとしては、早くロウリュをやってほしいのだが……。

 

そう思っていたら、サウナの中のお客さん達が全員で「1、2、3……」と数を数え始めた。

 

ぼんやりしていてわからなかったのだが、どうやら井上さんが「あと100数えたらロウリュをやります」みたいなことを言ったようだ。「……99、100!」お、これで熱波が始まるのだろうか。

 

そうかんたんにロウリュは始まらない

 

……しかし、まだトークが続く。お客さんの中には「早くやってくれ!」「話が長えよ」と声に出す人も現れた。ロウリュを待っていたが、たまらずにサウナから出て行く人もいる。

 

僕もけっこう苦しい。しかし、宮川さんの熱波師デビューを見届けなるためにここに来たんだ。もう少し我慢しなければ……。

 

 

 

ううむ、やっぱりキツい。一度サウナを離脱。僕がサウナから出たタイミングで宮川さんの熱波師デビューが始まってしまうかもしれないが、もうそんなことを言っている場合ではないくらいキツい。

 

 

 

たっぷり水を飲んだ後にサウナに戻ると……

 

 

 

なんと、まだ熱波はぜんぜん始まっていなかった。まあこれはこれで好都合である。こちらとしては、水も飲んでいるので準備万端。井上さんのトークを聞きながら熱波を待つ。……しかし、まだ始まらない。全然始まらない。

 

 

 

そうこうしているうちにまた苦しくなり、水飲み場に逃げてしまう。

 

 

 

水をガブガブ飲みながら思う。今度こそ、宮川さんのデビューのタイミングを逃してしまったかもしれない。せっかく取材に来たのに、申し訳ない……。

 

そう思ってまたサウナに戻ったら

 

 

 

なんと、まだ始まっていないのである。いったいどうなっているんだ? サウナの中にいるお客さんは僕のように適宜出たり入ったりしているが、井上さんと宮川さんはずっとサウナの中にいるのだ。

 

様々な疑問が湧いてくるが、なにしろサウナの中というのは考え事に向いていない。そうこうしているうちにいよいよ井上さんのロウリュが始まった。

 

これがロウリュか!

 

 

僕はロウリュを受けるのは初めてだ。これはすごい。まあ、メチャクチャ熱いのである。しかし不快ではない、不思議な熱さだ。

 

さっきからずっと汗をかいているのだが、さらにどっと汗が流れ出てきた。自分の汗腺の底力を見た思いである。

 

次はいよいよ宮川さんの熱波である。

 

 

「パネッパ! パネッパ!」

 

 

宮川さんが必死で声を張る。これは、井上さんのかけ声と同じものだ。つまり宮川さんは「井上さんスタイル」を忠実に踏襲している。

 

しかし正直なところ、井上さんにくらべて声の安定感がない。ついでに言うと、ロウリュの風量にも安定感がない。宮川さんは「がんばってやっている」ことが、ロウリュ初心者の私にもわかってしまう。

 

 

ただ、それは決して悪い気はしない。

 

熱波師の所作が、経験によって差が出てくるという証である。

ロウリュは大変に奥の深い世界ということがわかった。宮川さんはこの奥の深さに足を踏み入れたのだ。正直、タオルで風を起こすだけなんて誰がやっても同じだろ、と思っていたことは秘密です。

 

宮川さんの初々しい熱波を受け、僕はさわやかな感動と、ギトギトの汗に包まれていたのだった。

 

(なお、今はまだ宮川さんがロウリュをするのは女湯だけで、男湯では井上さんのアシスタントとして声出しをしているそう。今回は僕が見届けるために男湯でもやってもらいました)

 

「サウナそのもの」井上さん

 

 

お風呂を上がると、先ほどの井上さんがロビーに立っていた。僕はロウリュと水風呂と外気浴のお陰で、頭が異常なまでにスッキリしている。そのテンションで、思わず井上さんにこんなことを言ってしまった。

 

「ちょっと! なんでロウリュをやる前のフリがあんなに長いんですか? 普通につらかったんですけど?」

 

ストレートな文句である。普通だったら思っていても本人には言わない。でもロウリュは人を正直にさせるのだ。これに対して、井上さんは全く動じずに、こう答えた。

 

「あなたはサウナに入って、スッキリしていて気持ちいいでしょう。顔がとてもツルツルしている。それは、普段よりも健康になっているということだ。全く問題はない」

 

確かに……。秒で論破された。この論破される感じもなんだか小気味よい。ここで僕は井上さんが大好きになってしまった。

 

長いと思っていた話は、せいぜい10分程度だったらしい。井上さんはいつもそのくらいの時間をかけて、ゆっくり温まってもらってからロウリュを始める、というスタイルなんだそうだ。

 

後で宮川さんに聞いたのだが、井上さんはサウナ好きの人達の間では超有名な熱波師らしい。彼の肩書きは「サウナそのもの」。

 

 

そんな肩書きがあるんかいな、と思いきや、このようにキッチリとポスターにも載せている(右上)。

 

 

どうみても人間に見えるのだが、井上さんはサウナそのものなのだ。完全に理解した。

 

井上さんに「宮川さんの熱波師デビューはどうでしたか?」と聞いてみる。「体幹が甘い。だからタオルであおぐときにフラついている。ま、これからだな」とのコメントが返ってきた。

 

手厳しいようだが、コメントは具体的かつ端的だ。ちゃんと宮川さんのことをよく見ていることがわかる。うらやましい師弟関係だ。

 

 

プレミアムモルツ中ジョッキを飲みながら、2人の関係と宮川さんの未来に思いをしばしはせる。メチャクチャにうまい。 後日、宮川さんに熱波師デビューがどうだったかを聞いてみた。

 

 

"女湯では「初めての熱波なので、至らぬ点もあるかと思いますが、よろしくお願いします」って言ってから始めました。おふろの国に来ているお客様は、本気のサウナーが多いので、「いつもとは違う初心者の熱波」ということを理解して楽しんでいただけたと思うんですが、いつまでもそれじゃあダメですよね。ああすればよかった、こうすればよかった、って思うことばかりです。来週もおふろの国でロウリュをやります。本当に楽しみです。"

 

 

宮川さんはこれからも休日をつぶしてロウリュをやりたいそうだ。すごい。きっちりハマっている。宮川さんの熱波師デビューを見届けてよかった。心の底からそう思った。