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2020年11月24日
「パン食い競争」に出場したい
リレー、玉入れ、綱引き、大玉転がしーー。子どもの頃の運動会では数々の競技を経験してきた。しかし、ひとつだけ憧れめいた感情を抱く競技がある。「パン食い競争」だ。
全力で走った末にパンを咥え取ってゴールする。牧歌的である。ロマンすら感じる。たとえ1位になれなくても、その夜はよく眠れそうだ。しかし、僕が出場してきた運動会にパン食い競争はなかった。
そんな折、積年の夢を叶えるチャンスがやってくる。
Twitterに「秋のパン食い競争あるぞ」情報
ある日、知人がTwitterに「秋のパン食い競争あるぞ」というコメントともに開催告知の垂れ幕画像を載せていた。
秋のパン食い競争あるぞ pic.twitter.com/kP24zI8ffi
— 冷暗所で保管 (@No13Baby_) September 28, 2020
聞けば、東新宿駅近くで見つけたそうだ。
主催は全国新宿戸山公園箱根山ラジオ体操会。ネットで検索すると代表者・清水妙子さんのFacebookページがヒット。記されている携帯番号に電話を掛け、参加したい旨を告げた。答えは「ああ、いいよいいよ」。よし。
パン食い競争の起源は明治29年に行われた運動会
その日がやってきた。東新宿駅から戸山公園に向かう。時刻は午前6時。眠い。気分が高揚して一睡もできなかったのだ。
駅を出てすぐの場所、清水ビルの前で例の垂れ幕を発見。のちに、ここは代表者が営む不動産会社のビルだと知る。
ちなみに、パン食い競争は明治29年に札幌農学校で行われた運動会で初めて取り入れられたらしい。
さらに歩くと、都営戸山ハイツが見えてきた。
その脇を通って戸山公園に入り、会場の箱根山を目指す。公園内は道が曲がりくねっていて、さっそく迷う。通りかかったマダムに尋ねると、ラジオ体操のお手伝いをしている方だった。
標高44.6mの箱根山は山手線内で最高峰
ほどなくして箱根山に到着。新宿のど真ん中とは思えない鬱蒼とした森だ。
箱根山は江戸時代に池を掘った残土を積み上げて作った築山で標高は44.6m。山手線内では最高峰の山だ。
早朝にもかかわらず、会場は大勢の人で賑わっていた。頭上からは絶え間ない小鳥のさえずり。カラスも時々鳴く。
ラジオ体操会の年間イベントの一つがパン食い競争
告知の垂れ幕も掲げられている。食事が出ておみやげももらえるのに参加費は一切無料とのこと。
別の場所には年間のイベント案内が貼り出されていた。パン食い競争は春のお花見、秋の運動会シーズンに開催されるようだ。
下に貼ってある『体操しようよ』とは2018年に公開された映画。草刈正雄演じるシングルファーザーが、ラジオ体操を通じて様々な仲間と出会うヒューマンコメディだ。
ラジオ体操の皆勤賞でもらった鉛筆やノートが嬉しくて
何はともあれ、ラジオ体操会の代表者である清水妙子さん(75歳)にご挨拶。
「小学校の夏休みにラジオ体操の皆勤賞で鉛筆やノートもらって、すごく嬉しかったの。その恩返しで15年前からラジオ体操の会を始めたんだよね。年中無休、雨の日も雪の日もやってるよ」
全国ラジオ体操連盟に加入する公式団体だ。垂れ幕があった清水ビルの件も確認すると、やはり清水さんの持ちビルだった。
スタッフと思われる紳士の横に並べられた木の棒が目に留まった。それ、何ですか?
「ラジオ体操の後でやる『棒体操』用の棒だよ。好きなのを選びな」
とりあえず、仙人の杖のような形状が気に入った1本をいただく。
「棒体操」は棒を使った柔軟運動でした
午前6時半。「新しい朝が来た♪」でおなじみのラジオ体操が始まった。NHKラジオが90年前から放送している超老舗番組だ。
続いて棒体操。なるほど、棒を使った柔軟運動か。
パン食い競争の1等は“ボンジョレー”がもらえる
さて、次はいよいよパン食い競争だ。このままの服装では雰囲気が出ない。あらかじめ用意した運動会バージョンに着替える。
清水さんがハッパをかける。
「1等はワイン。ボンジョレーだからみんながんばってよ!」
どうやら、ボジョレーのことらしい。
「箱根山をぐるっと回るコースね。1周100mぐらいだから2周した方がいいかな」
「70代は死んじゃうよ」の声に、清水さんは「高齢者は歩いていいんだよ!」と返す。
皆さんガチの走り、全然牧歌的じゃなかった
ピーーーッ! 高らかなホイッスルの音とともにスタート。4人が一斉に走り出す。
全然牧歌的じゃない。ガチのやつだ。
2周回ったトップがゴール地点にやってきた。しかし、ここでパンを咥えられないと負けてしまう。
転びそうになりながら1周目を通過
自分の出番がやってきた。
ホイッスルが鳴る。
たまたま告知を見て参加したIT企業の同僚グループ
しかし、しんどい。砂利土に足が取られるうえにアップダウンもあるため、予想以上にキツかった。
結果は3位。「パン食い競争に出場する」のが目的なので、まあよしとしよう。
写真中央はIT企業に勤める青年。東新宿駅の付近で開催告知の垂れ幕を見て、同僚たちと一緒に参加したという。好奇心が旺盛なのは素晴らしい。
僕は参加賞としてヤクルトと野菜ジュースをもらった。
イベントにかかる費用はすべて清水さんの自腹
レース終了後はテーブルの上に手作りの料理が並ぶ。
ここで、清水さんがおみやげを配り始めた。
指を鍛えるグッズ、鴨の栓抜き、マラカス、ビニールのバッグ。なんやかんやで、僕もいろいろともらってしまった。
これで終わりかと思ったら、最後にマクドナルドのハンバーガーセットが待っていた。清水さんは「私、株主なのよ」と笑う。
これら、イベントにかかる経費はすべて清水さんの自腹だという。壮大な“恩返し”である。
次は春のお花見パン食い競争に出場したい
パン食い競争は予想以上にシビアだった。
しかし、積年の夢を叶えられたという意味では貴重な体験だ。さらに、子どもの頃にラジオ体操の皆勤賞でもらった景品の嬉しさを50年以上経ってから“恩返し”する清水さんの思いにも感動した。次は4月のお花見パン食い競争にお邪魔しますよ。