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2020年03月17日
高輪ゲートウェイ駅が開業する瞬間を見たい
2020年3月14日、高輪ゲートウェイ駅が開業した。山手線では半世紀ぶりの新駅だという。となると、次の駅ができるのはまた半世紀後だろうか。50年後、僕は89歳である。この世にいるかどうかギリギリのラインだ。「開業の瞬間」を見届けられるのは、今回がラストかもしれない。よし、高輪ゲートウェイのゲートがウェイする瞬間を見に行こう。
開業を2日後に控えた3月12日、品川で用事があった。ついでに噂の高輪ゲートウェイ駅を遠くから眺めてみるかと足を運んだら、昨日まで封鎖されていた道が開通し、駅舎の目の前まで近づけるようになっていた。
「この道、ついさっき開通したんすよ。すっげ~……」と地元の人。
みんなザワザワしている。しきりに写真を撮っている。ここに至るまで、名前がアレとか書体がどうとか色々あったけど、現場はポジティブな期待感に包まれていた。
そんな街の高揚に、これは歴史的なことなんだなと改めて認識する。この未来の幕開けを、最前列で感じたいと思った。
品川に前乗り
高輪ゲートウェイ駅に最初の電車が到着するのは午前4時33分。大宮行きの京浜東北線だ。駅はその少し前に開くだろう。開業の瞬間を確実に見届けるため、余裕をもって4時には現場で待機していたい。
自宅は文京区なので、4時入りするためには深夜にタクシーを使うか、近くのホテルに前乗りするしかない。いやしかし、開業見たさに都内の道が大渋滞するかもしれないのでタクシーは危険だ。万全を期して、新駅から至近のアパホテルを予約した。
なお、この時の僕は難易度高めの重い原稿を3本抱え、悪いことに全ての締切が3月14日の朝イチに集中していたのだけれど、そのうち2本を近年まれに見る集中力でねじ伏せ、最後の1本はアパの客室で書き上げた。時刻は午前3時。ギリギリだった。ふう。
4時前、すがすがしい気持ちでホテルを出る。3月の早朝にしては暖かい。今日は冷え込むとの予報だったけど、開業の熱気が気温を2~3℃押し上げているのだろうか。ないとは言い切れない。心の中のぺこぱが叫ぶ。
改札に続く階段はすでに開放され、デッキには行列ができていた。鉄道ファンとユーチューバーらしき動画撮影者が二大勢力で、カップルの姿なんかも見られる。想像していたより、ずっと穏やかな雰囲気だ。われ先にと走り出す人もいないし、すし詰めになって怒号が飛び交うこともない。みんな、できる限りの間隔をとって、行儀よく列に並んでいる。
新型コロナウイルス禍のなか、不要不急は避けるべしとのお達しが出ている。でももう来てしまったので、せめて少しでも安全に楽しもう。自然と秩序が生まれているように思えた。
開いた
4時15分を過ぎた頃、行列の前のほうで歓声が上がる。一斉にフラッシュがたかれる。いよいよゲートウェイのゲートが開くようだ。
行列は2つあって、開業日の切符を買いたい人と、いち早く駅の中へ入りたい人に分かれている。後者はICカード乗車券で入場し、最初の電車を好ポジションで迎えるべくホームへ降りていく。
僕は切符の行列に並んだ。4時33分の始発電車はぜひとも拝みたいが、切符を買ってからでも間に合うだろうという算段だ。
「明朝体が批判されていたけど、こうして見るとべつに悪くないね」
そんな会話が聞こえる。ここに集まっている時点で、そもそも高輪ゲートウェイびいきなのだ。すべてを肯定し、無事の開業を祝福している。
駅が動き始める
しかし、気づけば始発まで残り5分を切っていた。列は思ったより消化しない。離脱し、改札へ向かう人もちらほら出てきた。やむを得ず、僕もいったん改札内へ。新駅1本目の電車が入る3番ホームへと向かう。
京浜東北線のホームは、思ったより空いていた。多くの人の関心は1本目の電車ではなく、「50年ぶりの山手線」にあるようだった。
「間もなく3番線に各駅停車大宮行きが参ります」と、“初アナウンス”が鳴り響く。怒涛のように押し寄せるいくつもの「初」に、いちいち感動してしまう。
3番ホームへ滑り込んだ電車は何人かを降ろし、そのまま何事もなかったように涼しい顔で次の駅へと向かっていった。車内には、酔いつぶれていて新駅に到着したことにまるで気づいていない乗客もいた。そんなふうに淡々とした感じで、高輪ゲートウェイ駅はスタートしたのだった。
開業の現場には、ほのぼのとした晴れがましさが漂っていた。この感じ、何かに似ていると思ったらアレだ、初詣だ。並んで買った切符にもご利益があるかもしれない。
誕生の瞬間に立ち会ったことで、僕はこの長くて少し変わった名前の駅が、すっかり好きになってしまったのだった。